「尊敬する!!人脈は無形の財産」:私のインテリア自分史

若かりし頃の湯澤隆司氏

昨今の世相は全てモノ・カネ優先です。しかし、私たちは形の無い、使いべりしない“財”こそを大切にしていくことが必要ではないでしょうか。もちろん、有形の“財”も軽視すべきではありません。モノやカネも大切にしながら“無形の財産”も守り育てていく!!無形の財産とは、「人」「人脈」のことです。生活、経済活動する者にとってモノ・カネと人間関係は車の両輪のようなものです。冒頭の写真は、創業から数年たったばかりの若かりし頃の私(日経BP社取材記事より)。ゼロからスタートした若い会社にとって新規開拓は必須の業務。そのために私が大切にしたことこそ、出会いと人脈づくりでした。

人脈という「無形の財産」があったからこそ、商売・経営のコツを学び、私自身も成長しつづけることができています。
今回は、多くのお世話になった方々から、特に生涯を通しての尊敬する師とも仰ぐ5名の人物を紹介いたします。

 

湯澤家の3代前(曾祖父)の当主、湯澤元吉

【湯澤家の3代前(曾祖父)の当主、湯澤元吉】

先ず最初に紹介するのは、湯澤家の3代前(曾祖父)の当主、湯澤元吉(冒頭の写真の人物)です。
元吉は明治8年に湯澤家の隣家の子として生まれましたが、後に湯澤家に婿入りし、湯澤元吉となりました。
明治末頃まで東京・横浜で修行をしたのち、栃木に戻りました。
稼業である農業のかたわら材木商、そして下野肥料という会社を立ち上げ、明治・大正・昭和の初めの三時代にわたって会社を成長させました。
地元日光はもちろんのこと、遠くは会津地方まで営業地域を拡大したとのこと。
聞くところによると親分肌の元吉は栃木の大物財界人でもあったようです。
原敬や板垣退助から送られた手紙が残っており、政治家とのお付き合いも伺わせます。

【原敬、板垣退助から送られた手紙】

【原敬、板垣退助から送られた手紙】

元吉はまさに湯澤家の商売の祖であり、私も影響を受けているようです。

 

【衆議院議員福田昭夫氏と(左から私の父・福田氏・私の妻)

【衆議院議員福田昭夫氏と(左から私の父・福田氏・私の妻)

2人目は私の再従兄弟(はとこ)で幼なじみでもある現衆議院議員の福田昭夫氏
福田氏は旧今市市の財政課長から今市市長となり3期務めた後、栃木県知事を1期、その後衆議院議員となって現在5期目。
愛称「昭夫」さんは、かの渋沢栄一、豊田佐吉、松下幸之助にも影響を与えた二宮尊徳の思想を私に教えてくれました。

【二宮尊徳に関する福田昭夫氏の著書】

【二宮尊徳に関する福田昭夫氏の著書】

私の人生のバイブルにもなっている尊徳思想について、本コラムに寄稿してくれましたので、下記に掲載させていただきます。

二宮尊徳翁の訓えは、豊かな人生をつくる為の知恵と術が示されている。二つあげると、至誠勤労分度推譲と積小為大だ。
至誠勤労分度推譲は「真心を中心に据え一生懸命働き、自分の分度を決めて収入の3分の2程度で生活すれば、必ず豊かになれる。豊かになったら自分(子や孫)や他人(社会)の為に譲りなさい。そうすれば、心豊かな充実した人生を築けるよ。」と訓えている。
この訓えは、人生の設計指針は勿論、自治体や国家の経営、企業の経営にも活かせる。旧今市市長時代には、全国に先駆けて『市民との協働のまちづくり』を推進、栃木県知事時代には、(財)社会経済生産性本部の平成16年度決算の全国地方自治体バランスシート総合評価で、全国1位となっている。創業者親子が報徳道を経営に活かして成功したのが、トヨタ自動車だ。今や世界に冠たる会社だ。
積小為大は、毎日毎日の小さな努力の積み重ねが大事だと訓えている。継続は力なり。(ありがとうございます。)

衆議院議員 福田昭夫

 

【川島織物セルコン京都本社前にて元社長中西正夫氏と妻とご一緒に。】

【川島織物セルコン京都本社前にて元社長中西正夫氏と妻とご一緒に。】

3人目は、㈱川島織物セルコンの元社長の中西正夫氏(75才)。
中西氏は東大卒から三井住友銀行役員になり、セルコン(就任当時)の社長、合併後の川島織物セルコンの社長になり、経営改革を断行しつづけて、通算15年間経営トップとして走り続けられました。
6年前に退職し、現在はゴルフ三昧で悠遊自適の生活とのこと。
弊社にはセルコン社長時代から年に2~3回のペースで訪問いただき、幼少時代の息子にもやさしい言葉をかけてくれるなど、気さくで大変気配りのある方でした。尚かつ、経営者としてのコツ、銀行との上手な付き合い方などについても教えていただきました。「何よりも大事にすべきは人間関係の大切さ」とおっしゃっていたこと、今も私の胸に深く刻まれています。
尚、社長在職中に、京都本社や工場等を一泊二日でご案内いただいたこと、あらためて御礼申し上げます。

 

【栃木県経済同友会仲間と(栃木県経済同友会仲間と関西への研修先にて(左端が私、その右が萩原良章氏)】

【栃木県経済同友会仲間と(栃木県経済同友会仲間と関西への研修先にて(左端が私、その右が萩原良章氏)】

4人目は栃木県経済同友会の仲間だった萩原良章氏
残念ながら2年前75才で他界しましたが、元経済学部教授でもあり、とても頼りになる方でした。
昭和17年、群馬に生まれ、群馬に育ち、中央大学法学部から、本田技研工業株式会社で購買部長を務めた後、関連会社の社長へ。定年退職後は宇都宮大学教授、自治会会長、栃木県経済同友会委員長、矢板市特別顧問など多岐にわたり顧問・相談役を兼任されました。
平成28年には経営コンサルティング会社を設立し、自ら塾頭になり、「ホンダ流人間尊重経営」塾を主宰。
社長力UPとは器の拡大である、器とは「人間力×会社経営力」である、として多様な視点から社長力UP実現を説きました。
「理念が人を動かす」、「企業は人なり」、そんなホンダフィロソフィーを学んだ塾でしたが、塾頭死去のため塾生の継続を断念しました。
惜しかった。お酒もカラオケも好きな方で、ご一緒したことは楽しい思い出です。

【エシカルなインテリア研究会SDGsシンポジウムにて江口さんと】

【エシカルなインテリア研究会SDGsシンポジウムにて江口さんと】

5人目は日本インテリア界の賢人、社団法人日本フリーランスインテリアコーディネーター協会(JAFICA)前会長の江口惠津子氏
現在は持続可能な社会に向けてのインテリアの可能性を探る「エシカルなインテリア研究会」(IDM)の代表として、インテリアコーディネーターの先頭を走りつづけておられます。
私のJAFICAとの付き合いは初代初野和世氏からですが、歴代の会長中で、特に江口氏を尊敬するのは、JAFICA分裂騒ぎの中で協会を立て直し、社団法人に発展させ、日本のインテリアの牽引役の1人として、さまざまな功績を残されたからです。
日本のインテリアコーディネーターのトップランナーとして数多くTV出演をされていることや、関東甲信越インテリアコーディネーター協議会(10団体)のリーダーとしてのご活躍にも深く感銘を受けました。
江口氏には公私共お世話になっておりますが、株式会社ユザワが全国展開するための起爆剤の1つとなったカーテン新作発表会では、特にご尽力をいただきました。
全国5カ所(仙台・宇都宮・つくば・東京・長野)で開催したこの発表会において、「居心地の良い空間は窓装飾で決まる」をキャッチコピーとしたセミナーの講師を江口氏にお願いしたのですが、約200名ものインテリアコーディネーターの方々に参加いただけました。この発表会を機にインテリアコーディネーターとのお付き合いが一段と加速したのです。

【(株)ユザワ全国展開の起爆剤となったのセミナーの案内】

【(株)ユザワ全国展開の起爆剤となったのセミナーの案内】

江口さんは現在(株)ヴェルディッシモの代表として日々の業務に携わる傍ら、テレビチャンピオンや・劇的!ビフォア―アフター、ソロモン流など多数のTV番組にも出演。さらにそんな合間を抜いて自転車競技で国内はもちろんのこと世界をも駆けまわっていらっしゃいます。
日本で最後のインテリアコーディネーター団体、秋田インテリアコーディネーター倶楽部の設立を江口さんと一緒に携われたことはとても楽しい思い出です。
日本のインテリアコーディネーターのトップランナーとして益々のご活躍を祈念申し上げるところです。

ここまでにご紹介した5人の方のほかにも、私の尊敬するインテリア仲間はたくさんいらっしゃいます。
お名前だけでも挙げさせていただきますと、日本列島の南から順に、長崎県のJAFICA理事の田崎由美子氏。福岡インテリアコーディネーター協会入江事務局長。大分県インテリアコーディネーター協会川野会長。現JAFICA竹内会長(インテリアコーディネーターの神様(水戸黄門)役)。インテリアコーディネーター協会関西土谷前会長。愛知淑徳大学松本佳津教授(インテリアコーディネーターの横綱)。関東甲信越インテリアコーディネーター協議会(10団体)の仲間たち。宮城インテリアコーディネーター倶楽部関口会長。設立に関与した秋田インテリアコーディネーター倶楽部と新生埼玉インテリアコーディネーター協会の皆さん。その他全国の多数のインテリアコーディネーターの皆さん。

【JAPANTEX2018での全国代表インテリアコーディネーターミーティーング東京宣言】

【JAPANTEX2018での全国代表インテリアコーディネーターミーティーング東京宣言】

【JAFICA設立25周年パーティーの集合写真】

【JAFICA設立25周年パーティーの集合写真】

たくさんの方々に支えられて、株式会社ユザワの今があるのです。

(株)ユザワ 売上と状況・経緯

・平成3年 資本金1,000万でスタート
・平成8年頃 インテリアコーディネーターの労働者派遣認定される。
・平成9年 売上6億円達成(北関東一に)
・平成10年 2ヵ月入院6ヶ月療養に付き、売上4.7億円に減少
・平成11年 目標7億円に方針発表(東日本一目標)
・平成18年 売上7.5億円達成 発展成長期に入る
・目標10億円設定する

次回は「インテリアはセンス!!」。
センスは磨くほどUPすると言われています。
そこでセンスを磨く一例として、海外のインテリア事情研修を発表したいと思います。

これまでの「私のインテリア自分史」
第一回:農家の長男、世界でインテリアに感動する
第二回:インテリア業界で30年つら抜いた提案型営業
第三回:日光から日本のインテリアを良くしよう(中禅寺湖編)
第四回:日光で日本のインテリアの原点を知ろう(日光編パートⅠ)
第五回:日光で日本のインテリアの原点を知ろう!!(日光編パートⅡ)
第六回:トップにこだわる男の夢(日光編パートⅡ)
第七回:山奥からのインテリアビジネス、そのハンデ乗り越え方
第八回:「尊敬する!!人脈は無形の財産」(このページです。)

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