日光で日本のインテリアの原点を知ろう(日光編パートⅠ):私のインテリア自分史

ボートハウスで演奏するジャズバンド「Free Swing」

わたしは、「日光インテリア大使」を自称しております。
日光には、日本のインテリア史をナマで見ることができる建物がたくさん現存しており、その資産を活かしたイベントもいろいろと行われています。

英国大使館別荘記念公園や中禅寺湖畔ボートハウスで毎年行われている「国際避暑地ミニコンサート」もその一つ。
冒頭の写真は、ボートハウスで演奏するジャズバンド「Free Swing」の面々です。
伝統的なインテリアにぴったりのJAZZYサウンドが初秋の風景とコラボして、癒やしをプレゼントしてくれます。
そんな癒やしを届ける一人として、実はわたしもイベントに参加しております。

ジャズバンド「Free Swing」と一緒に

【Free Swingのメンバーと一緒に。】

さて、ここからが本編。
前回の中禅寺湖編に続いて、日光編です。

今回もインテリアコーディネーター必見ですよ。

■JR日光駅・貴賓室

日光駅の現在の駅舎は大正元年竣工で、日本を代表する木造駅舎です。
明治23年開業。
東京駅の開業が大正3年といえば、その希少さを実感していただけるでしょう。

駅舎は木造2階建てのネオ・ルネッサンス様式で、明治・大正の面影をそのままに、気品と威厳の両方を併せもつ白亜の洋館です。

【JR日光駅の外観】

【JR日光駅の外観】

明治32年に大正天皇(当時は皇太子)のご静養のために田母沢御用邸が造営され、それを契機に設けられたのが日光駅の貴賓室です。

【JR日光駅の貴賓室。通常は非公開になっている。】

【JR日光駅の貴賓室。通常は非公開になっている。】

この貴賓室、通常は非公開なのですが、サクセス!インテリアの取材のために特別に許可をいただき、写真撮影をしてきました。

インテリアには現・川島織物セルコンの壁紙・カーテン・絨毯が使われていまして、とても格調高く気品漂う空間が広がりを見せていました。

【JR日光駅の貴賓室のインテリア】

【JR日光駅の貴賓室のインテリア】

白大理石の暖炉やモダンな鋳製ストーブなどは、ひときわ重厚な雰囲気で、貴賓室の名に恥じないものとなっています。

■金谷侍屋敷(金谷ホテル歴史館)

【金谷カテッジ・イン(金谷ホテル歴史館)の外観】

【金谷カテッジ・イン(金谷ホテル歴史館)の外観】

日本インテリア史に欠かすことができない日光金谷ホテル。
その原点(創業の地)がここになります。

この場所は、日本初のリゾートホテル誕生の地ともいわれており、建物は約360年前に建てられた武家屋敷。国の登録有形文化財にも指定されています。

明治6年(1873年)、日光東照宮の雅楽師、金谷善一郎氏がアメリカ人宣教師で医師のへボン博士に勧められて自宅だった武家屋敷を改造し、外国人専用の宿「金谷カテッジ・イン」として開業しました。

「金谷カテッジ・イン」は日光を訪れる多くの外国人に「Samurai Yashiki(侍屋敷)」の愛称で親しまれ、外国人が安心して泊まれるホテルとして高い評価を得ました。

著名なイギリス人探検家、イザベラ・バードも金谷カテッジ・インを利用した一人で、帰国後に執筆した旅行記「日本奥地紀行」の中で日光を称賛すると共に、Samurai Yashikiの清潔さや心地よいもてなしについて、女性の目線で細かく描写しています。

【イギリス人探検家イザベラ・バードが12日間滞在した部屋】

【イギリス人探検家イザベラ・バードが12日間滞在した部屋】

金谷カテッジ・インの建築様式は鎌倉時代の武家の住居と書院造りが基本ですが、当時としては珍しい2階建ての武家屋敷で、位の高い侍の住居だったようです。
また、隠し階段・低い天井・隣の部屋に抜けられる奇妙な地袋など、侍が身を守ることに気を使っていたことを示す造りも見られます。

【当時の台所。栃木県産の大谷石(おおやいし)が使われている。】

【当時の台所。栃木県産の大谷石(おおやいし)が使われている。】

その後、1893年(明治26年)に金谷善一郎氏は本格的なホテル「日光金谷ホテル」を設立。
同ホテルは現存する日本最古の西洋式ホテルであり、日光の地で明治・大正・昭和・平成・令和と、5つの時代を歩んできています。

■明治の館(西洋料理)

【明治の館 外観】

【明治の館 外観】

チーズケーキ「ニルバーナ」とウィリアム・モリスで有名な洋館です。

日本コロムビア株式会社の前身である日本蓄音機商会を作り、日本の「蓄音機の父」と呼ばれたアメリカ人、F・W・ホーンの別荘として明治後期に建造されたました。

ジョージアン様式を踏襲し、地元の日光石を用いた乱れ石積みの純石造建築物で、国の登録有形文化財に指定されています。

余談ですが、第二次世界大戦中、重光葵外務大臣がこの館に疎開されとのことで、当時の歴史とドラマを背景に感じます。

さて、洋館の扉を開くとそこはまさに明治時代。
文明開化が織りなした気品溢れるインテリア空間が広がっています。

床は重厚なフローリングで、壁紙・カーテン・イス貼りは「ウィリアム・モリス」とこだわりのインテリアです。

【ウィリアム・モリスのカーテンとイス貼りの明治の館のインテリア】

【ウィリアム・モリスのカーテンとイス貼りのインテリア】

現在は、「西洋料理 明治の館」としてレストランが営業されていますが、明治の時代が作り上げた極上の洋食が楽しめるほか、1977年の創業当時から提供されているチーズケーキの名品「ニルバーナ」も有名です。

この「ニルバーナ」の名前は、日光輪王寺門跡柴田昌源大僧正が想いを込めてつけられたもので、仏教用語の「涅槃」、つまり「さとりの境地」を意味しています。
洒落た洋館の建物と相まって、歴史を感じる素敵なネーミングですね。

さて、次回は「もうひとつの日光 日光編パートⅡ」を予定しています。

【美味しいと評判のチーズケーキ「ニルバーナ」】

【美味しいと評判のチーズケーキ「ニルバーナ」】

 

これまでの「私のインテリア自分史」
第一回:農家の長男、世界でインテリアに感動する
第二回:インテリア業界で30年つら抜いた提案型営業
第三回:日光から日本のインテリアを良くしよう(中禅寺湖編)
第四回:日光で日本のインテリアの原点を知ろう(日光編パートⅠ)(このページです)
第五回:日光で日本のインテリアの原点を知ろう!!(日光編パートⅡ)

この記事の執筆者は

湯澤隆司
インテリア商品の代理店株式会社ユザワの代表取締役社長。 同社は北関東を中心に、全国を営業エリア(北海道を除く)に持ち、大型ハウスメーカー・大型店向けや小売り、工事店、専門店等に卸売営業している。ウインドゥトリートメント分野では東日本トップクラスの実績を誇るメーカー代理店。

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