農家の長男、世界でインテリアに感動する:私のインテリア自分史

湯澤隆司のインテリア自分史:第一回「私の履歴書」

「日光を見ずして結構というなかれ」で知られる、栃木県日光市生まれ、日光市育ちの湯澤隆司です。
生まれ育った日光市で、ウインドウトリートメントを主体としたインテリア商社「株式会社ユザワ」を経営しております。

インテリアビジネスに関わって四十有余年。微力ではありますが、私が半生をかけて身につけたインテリアの知見・経験をお伝えすることで、業界への恩返しができればと思います。

初回はまず、「湯澤隆司」がどういった人間かを、まとめてみました。

■豪農の家に生まれて

私の実家は、かの板垣退助や原敬とも交流があった、いわゆる豪農でした。
旧家の長男として生まれた私は、小中学校まではごく普通に学生生活を送ったものの、高校は農業科へ進学させられました。
頑固一徹な父親の「農家の長男は農業科へ」という方針があったためです。

県立高校の農業科では学業・生徒会・クラブ活動、いずれにおいても全力で取り組み、先生方から大学推薦の声も多数いただきました。
しかし、ここでも父親の方針で進学をあきらめ、実家の跡取りとして農業に携わることになりました。

■インテリアビジネスの出発点

釈然としない思いを抱きつつも農業を続け、23歳になった時に文部省総理府の海外派遣募集を知りました。

これこそ悶々とした毎日から抜け出す「千載一遇のチャンス」と思いを定めて応募し、四次試験までクリアして全国の青年男女50名の一員となることができました。

この海外派遣では、アメリカとカナダに約1ヵ月間滞在し、民泊と留学を体験することになり、これが私の「インテリアビジネスの原点」となったのです。

【海外覇権へ出発直前の一枚】

【海外覇権へ出発直前の一枚】

カリフォルニア州ロサンジェルスとアリゾナ州フェニックスで滞在した一般家庭は、それぞれ上流階級の家と中流階級の家でしたが、いずれの家も素晴らしいインテリアで、日本の住宅にはない「文化」に感動したのです。

■本場のインテリアにふれて

ロサンジェルスの家は、内科医のミラー氏宅。大変な豪邸で、広いキッチン、イエローで統一されたダイニング、ゴージャスなリビング、さらにプールまであり、サイズも設えにもゆたかさを感じました。

【ミラー氏宅のリビングにて】

【ミラー氏宅のリビングにて】

一方、フェニックスの家は、ぐっと庶民的なアメリカの中流家庭。豪邸ではありませんでしたが、合理的な間取りとすっきりとしたインテリアには、やはり豊かさを感じました。

この時の思いは紀行体験記「世界は小さい」として、帰国後に自費で小冊子にまとめ、100部を印刷してお世話になった方々に配布しています。

【紀行体験記「世界は小さい」の1ページ】

【紀行体験記「世界は小さい」の1ページ】

■インテリアビジネスの世界へ

この経験が人生の転機となり、「日本の住宅を素敵なインテリアにしたい」と一念発起。農業青年から転身して、インテリア商社に就職しました。私の決意がよほど強かったのでしょう。この時は父親からの反対を受けることもなく就業することができました。

この商社では、アメリカで感銘を受けたインテリアの素晴らしさを日本にもたらしたい、という強い思いが原動力となり、トップセールスとして13年間奉職し、社内では「新規開拓の神様」とまで言われるようになりましたが、さらなる飛躍を目指して独立開業することに。

自宅の8畳の応接間にFAX、コピー機、ワープロを置き、私と妻と事務員一人という陣容で株式会社ユザワがスタートしたのです。
平成3年のことでした。

これまでの「私のインテリア自分史」
第一回:農家の長男、世界でインテリアに感動する(このページです)
第二回:インテリア業界で30年つら抜いた提案型営業

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