【トイレインテリアコーディネート入門】第一回:歴史的アプローチ

河村容治のトイレのインテリアコーディネート入門

トイレはひとが生活する上でなくてはならないものです。一生のうちでトイレで過ごす時間をざっと計算してみると3年くらいになります。しかし、そんなに長い時間を過ごす割に大事にされることがなく、片隅に追いやられてきた感があります。トイレが快適なとき、ひとは幸せな気分に浸れます。また、歴史を紐解けば新しい発想もトイレで生まれることが多いのです。そこでこのコラムではトイレを創造的な再生空間として捉え、様々な角度から考察してみたいと思います。

トイレは、単純に時間の流れに従って発展してきたわけでなく、地域・気候・時代によって大きな格差があります。たとえば、ローマ時代にはすでに上下水道が完備され、現代の水洗トイレに近いものがありました。しかし、その技術は受け継がれることもなく、1000年以上いたずらに時が過ぎてしまいます。※1
ここではトイレがインテリア空間としてどのように変化してきたかを、歴史上のいろいろなエピソードを交えて文献から紹介していきたいとおもいます。そのとき、排泄物の処理の仕方と空間ができあがる過程を絡ませてみるとより特徴が明らかになります。

表1 :トイレ歴史的アプローチ

表1 :トイレ歴史的アプローチ

A:垂れ流す
もっとも自然な成り行きです。人口が少なく自然が豊かであれば、自然の浄化作用によりなんの問題もありません。ところが、人が定住し人口が密集してくるといろいろな問題が発生します。

A-1:排泄行為はあってもトイレという空間が存在しません。あるいは特定することができません。
17世紀のベルサイユ宮殿にはトイレがなく、便座が用意されていましたが数がたりず、木陰で用をたすのが一般的でした。間に合わない時は、廊下や部屋のすみでも済ませました。したがって、宮殿のなかは、尿や糞便であふれ、悪臭が漂っていました。*2

B 穴に落とす
土などの自然の浄化作用を利用します。人類最初のトイレと考えられますが、川に流す方法(D)も水が豊かな地域ではトイレの原初の形式としてみることができます。

B-2:室町時代前期につくられた京都・東福寺の東司(とうす)では、地面に穴を掘り、板を渡して、その上に簡単な小屋を掛けていました。*3

C まき散らす
意図が有る無しにかかわらず、人への影響が大きいです。

C-2:汽車のトイレは、糞尿を線路にまき散らして走っていました。従って、つい最近(1960年ごろから徐々に改善)まで、駅に列車が停車している時はトイレを使わないのがマナーでした。乗り物のトイレはスペースが限られていたため、いろいろなアイデアが生まれています。たとえば、「汽車便」といわれるスタイルは、和式の便器の床に段差を設け、小便を低いところから立ったままできるように工夫されています。この方法は、スペースがないとき実際の建物でもよく使われていました。

汽車弁式トイレ

図2 汽車便を使った住宅のトイレ(イメージ)

3:溲瓶や便座付き椅子がインテリアエレメントへ成長していきます。
C-3:18世紀ヨーッロッパでは、糞尿を家の窓から通りに投げ捨てたので、糞尿が道路にあふれていました。ハイヒールは汚物のぬかるみでドレスの裾を汚さないために考えだされたと言われています。*2

C-4:城郭にあるトイレは、壁面から空中に張り出して作られ、城壁をよじ登ってくる敵に糞尿を直接まき散らすように意図して作られていました。

 

図3 サニスタンド

図3 サニスタンド

 

 

D 流す
川の浄化作用を利用します。厠(かわや)の起源です。川の流れに板をかけて使用しました。下水道が発達すると汚物を下水に流すようになります。

D-2 厠がはじめて文献に登場するのが「古事記」で、神武天皇の時代から水洗トイレは日本にありました。*4

D-4:武田信玄は刺客をさけるために広めの6畳のトイレで戦略を練っていました。つくりは風呂の余り湯を利用した一種の水洗式でした。*4

D- 4 桜川貞雄著「トイレ考現」では、便器の歴史が詳しく記述されています。なかでも興味深いのが、スタンド型の小便器です。朝顔型のものでサニスタンドと 呼ばれるものがあり、男女兼用でアメリカでは普及していたようです。日本でも某女子校で採用されたのですが、PTAの反対にあい、1年ほどで和風便器に取 り替えられたそうです。(いつごろのことか記述がありませんが、本の発行が昭和41年でありその少し前のことと類推できます)*1
女性の立ち小 便は、日本の歴史上それほど珍しことではなく、渡辺信一郎著「江戸のおトイレ」によれば、「東北の農家では、母屋の入口脇に小便所ががあって、女たちもそ こで簡便に立小便をする」とあります。また、「京女くるり捲くって立小便」と古川柳にあるように江戸時代では一般的なことだったようです。*5

 

図4 ルイ王朝のスツール 出典:桜川貞雄著 「トイレ考現」東洋陶器編纂

図4 ルイ王朝のスツール
出典:桜川貞雄著 「トイレ考現」東洋陶器編纂

E 汲み取る
糞尿を別の場所に運んで処理します。かつて日本では、農作業で肥料として活用しました。

E-2:肥料として使う ため、江戸時代の庶民の長屋では別棟にある共同便所が一般的でした。「便所も長屋の各戸にはなく、惣雪隠あるいは惣後架とよばれる共同便所を使った。惣雪 隠には、小便所と大便所が並んでいる。小便所には扉がなく、大便所の扉も下半分しかなかった」*6

E-3:寝殿造りにはトイレがありませんでしたので、家人は対の屋か細殿の廊下の隅で便器を使って用をたしました。*7

E-3:15世紀のヨーロッパでは、イスに便器がついた例が多く見られます。

 

図5 床の間と背中合わせの便所(イメージ)

図5 床の間と背中合わせの便所(イメージ)

E-4:武士の時代になると、「その邸宅の間取りは、田の字形で左の後方に上段の間があって床の間を設け、家のまわりに縁をつくった。別棟の厠も家のなか に入って、床の間の後ろに置かれた」ブルーノ・タウトは日本の床の間を賞賛していますが、床の間と背中合わせにある便所を「およそこれ以上のものはないと いってよい対立!」と驚嘆していました。*7 *8

 

E-4:一般家庭でトイレが独立した部屋として普及するのは、明治以降です。
私の子ども時代(昭和30年代大阪堺)の記憶をたどると、汲取式トイレで定期的にバキュームカーが家に回収に来ていました。当時たいていそうでしたが、トイレは玄関脇に位置し、1畳のスペースを二つに区切り、手前に小便器、奥に和式便器で構成されていました。インテリアは何のかざりもない和風のつくりでした。その後、2階を増築したとき2階にもトイレができました。汲取式でどうやっていたのか疑問に思っていたのですが「住いを考える」という本*9に、2階にトイレを作る場合、「30センチ近くもある太い土管が露出する」との記述をみつけ、そういえば、太い土管が2階から1階に向かって下りていたなあと懐かしく思い出されました。

このようにトイレは、歴史的にみて、排泄物の処理方法と密接に関係していて、自然から空間を切り取り、内部空間へ取り込んでいくことにより発展し、便器は可動式のものから固定式のものへと変化していきました。

参考文献
*1 桜川貞雄著「トイレ考現」東洋陶器編纂 昭和41年
*2 桐生操著「やんごとなき姫君たちのトイレ」角川文庫 平成7年
*3 プロフェッショナルブック「インテリア」編集委員会企画編集
「インテリアと生活文化の歴史」産業調査会デザイン情報センター 平成8年(1996年)
*4 山田幸一他著「物語ものの建築史 便所のはなし」鹿島出版会 昭和61年(1986年)
*5 渡辺信一郎著「江戸のおトイレ」新潮社 平成14年(2002年)
*6 小学館「ビジュアルワイド 江戸時代館」平成24年(2012年)
*7 INAXギャラリー企画委員会企画「図説:厠まんだら」INAX出版 昭和59年(1984年)
*8 ブルーノ・タウト著「日本文化私観」明治書房 昭和17年
*9 高田秀三著「住いを考える」学芸出版社 昭和48年

 

 

著者:河村容治

著者:河村容治(かわむらようじ)
東京都市大学 都市生活学部教授
美術博士、一級建築士、日本インテリア学会理事
CAD/CGによるインテリア教育に力を注ぐ。
http://toshiseikatsu-gakubu.jp/pro/kawamura.html

 

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